「(それは、)私には似合わない。」

田島大輔マスターコーチが先日ブログでテーマにされた記事を投稿後、Twitterで(@D_Tajima)「ふと同じテーマ(題材)で数十人のコーチが一斉に書いてみら内容にどんな違いが出るのか興味を持ちました。」という事を言われ、私も「靴」をテーマに書こうとひらめきました。

ちょうど昨日、友人と会う機会がありその時の事を少し取り上げてみようと思います。

その日、入った洋服屋さんでその方は靴を手に取りました。

夏前に靴を買いたかったそうです。

「この靴かわいい。」

そのような事を言って、一足を手に取りました。

「でも、私には似合わない。かわい過ぎてしまう。」

そのような事も続けて言っていました。

私は、普段から人の発言や行動がとても気になります。(同時に自分自身にもそうです。)

その人の信念や態度、無意識の癖など発見すると「おっ。」と思ってしまいます。

前述した、「でも、私には似合わない。かわい過ぎてしまう。」

この瞬間も、「おっ。」と思ったのを覚えています。

「私には似合わない。」「かわい過ぎてしまう。」

これは無意識の態度、判断でしょう。

服を選ぶ時、靴を選ぶ時や、髪型を決める時など、どのような態度で選択をしていますか?

”似合うか似合わないか。”

それをメインに決めてはいませんか?

”似合うか似合わないか。”

というその意味空間の中に「人からの評価」という意味は含まれてはいないでしょうか。

人の目を気にする事はありません。人生の主役は自分自身です。

単に、”似合わないから。”という理由で、無意識に避けていませんか?

そのような無意識の選択や態度は、過去からの影響を受けます。

例えば、”過去かわいいなと思って買った白い服を着て学校へ行ってみたら、周りの友人に似合ってないと言われた。”

その時の経験が、ある程度抽象化され脳に記録されます。

情動記憶として脳に刻まれます。

この場合、「私には白色のものは、似合わない。ふさわしくない。」などではないでしょうか。

(自分の一部になってしまいます)

そのようなマインドの仕組みを知っていなければ、単に自分の可能性を狭めその中で過ごしていく事になってしまいます。(もちろんその過程で何らかの理由によって可能性が広がる事は十分考えられます。)

私は「おっ。」と思ったと同時に、

「そんな事ないよ。履いてごらんよ。きっと似合うよ。」

そのような事を言いました。

その方が実際に履いてみると、やはりとても似合っていました。(私はそう思っています。)

「いいんじゃない?可愛くて似合っていると思うよ。」

「いいかも。可愛くて、いい感じ。」

さの方はそのような事を言って、実際に履いてみて(隠れていた可能性に触れ)購入していました。

この夏、その方の笑顔がより輝くことでしょう。

新しい一足の靴も共に。

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「(それは、)私には似合わない。」」への2件のフィードバック

  1. ピンバック: Shoessss!! | TAJIMA+

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